2006年09月

尹良親王にちなんだ地名と浪合ご陵墓の写真

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今日は尹良親王のご陵墓がある浪合の観光案内がある日で、昨日、南信濃に仕事で行ってあちらこちら歩き回って疲れてしまったので寝坊してしまい、ブログの更新ができないまま出発時刻となり今頃(15:00)書くことになりました。
前にも書きましたが、水窪の郷土研究家の加藤定義先生から教えていただいた折、この地名の由来については、水窪町史上巻に書いてあると教わり調べましたところ、水窪町を京都に見立て、数々の地名が今でも残っていて、今の小畑は御幡、大里は内裏、あしよう島、こん所、まん所、桃平、大津当等いくつもあり、のんびりと歩かれると良いと思います。なお、この尹良親王については、多くの歴史家から実在しなかったのではないかとの研究結果も出されているのですが、今日浪合村の元教育長、塩沢先生のお話ではこの点について、遠い過去の話であり、幾多の研究では尹良親王ではないかもしれないが、お名前不詳の宮様がこの地で命を落としたことは書かれており、浪合の住民は600年も前から尹良親王のお墓として守ってきたのであり、こうして、宮内庁のお墨付きももらいこれからも大事にお守りしていきたいと言うようなお話をしておられました。レコーダーを持って行きませんでしたので記憶で書いていますが大意はこのようなことだったと思います。今日の写真は、行く由親王のご陵墓の写真です。

窪町が元気になるための下條村の事例ご紹介ブログ

全国の市町村のおかれた状況が一律ではないので、ある成功事例をとってすべてに適用すると言うことは無理があると思いますが、このところは共通しているという点もあろうかと思い、今日は下條村に実際出向き、村長および村幹部と会談し、数字で下條村をご紹介しているブログがありましたので著作者のご了解を得て皆様にご紹介します。このつたないブログをお読みいただいている皆様の中にも過疎化、高齢化等でお悩みの皆様もいらっしゃると思いますのでご参考になると思います。予算の使い方、下水道の整備の仕方、村営住宅の考え方、政府の方針、時代の流れに流されない実情に合ったやり方。参考になるところが多いと思います。このブログには書いてありませんが、お聞きしたところでは、村長に就任した時、当時のお偉方にともかく現場に出ろということで出したところ、とてもやっていられないと辞任した人が出るくらい厳しい人ですが村民の人気は高い人です。

目黒川の畔にて、少子化対策への「選択と集中」

水窪歴史民族資料館有効利用方法ご提案と、国、郷土を愛する心

開館日が土、日、祝日と言うことで、ウィークデイには教育委員会に電話すれば、開けてくれると言うことですが、そんなことはどこにも書いてなく、私は1回目に行った時閉まっていたので、日を変えて日曜日に行きました。飯田から水窪町まで1時間半かかります。浜松市はこう言う施設に積極的でないのでしょうか。書いておいてくれたら無駄なガソリンと時間を使わずにすんだのです。

それと館の係員にお聞きしたら、前は常時開館していたそうですが、浜松市と合併してから開館日を少なくしたとのこと、過疎化対策が叫ばれている現在、この町から働く所が無く出て行った多くの人の中にはサービス業の人も多く、ウィークデイでなければ休めない人も結構いると思います。こういう歴史的な資料や、文化遺産を、小さい時から子供や孫に見せておくことは自分達のルーツを知らしめる上でもとても大事なことですから、国を愛する、郷土を愛する心云々言うのなら裁判所でさえ問題にした、第2次世界大戦の象徴であった、日の丸を拝ませたり君が代を歌わせるよりもはるかに大事なことだと思います。国や郷土を愛すると言うこは、まず郷土の歴史を知ることから始まりますから、そのためには、郷土の歴史に触れさせる機会を多く作ることが何より肝要だと思います。

いかにお金を掛けずにそれをやるかが改善、改革であって、これでは改善、改革ではなく手抜きそのものです。そして、水窪町出身の子孫に郷土を愛する心を育み、水窪町に関心を寄せてくれた貴重な人たちをガッカリさせないためにも郷土の歴史を集大成した歴史民族資料館の常時開館をぜひ実現しないと、この町の損失がより大きくなると思います。それに来年はどっと団塊の世代の人達がウィークデイに各地を回りますから、水窪出身の人たちはもちろん、そうでない人も水窪を訪れると思いますから、早急に検討されたらと覆います。

この点長野県では今までご紹介した市町村では、人を置いているか、不在時にはここへ電話をくださいと言う掲示がしてあり、より多くの人に各地の郷土資料を解放しようとしていますし、写真も営利の目的でなければ撮影させてくれて歴史的資料の活用を推進しようとしています。水窪の人たちも浜松市に合併してしまったとは言え、大きいことは良いことだとばかりのことはありませんので自分達の地域活性化のためにどうすれば良いか提案していくことが大事だと思います。

常時開館するための方法ご提案
書いていて思い出しましたので、常時開館できるようになった事例をご紹介します。長野県南部に平谷村と言う所がありまして、ここは、以前は、館内を見たい人は役場に電話をしてくださいと書いた紙が張ってあり、電話をして5分ぐらい待っていましたら役場の人が飛んできて、説明を聞きながら写真も撮らせてもらい満足して帰ってきたのですが、最近行って見ましたら、以前は別の所にあった商工会の事務所を、郷土資料館に移して、常時開館していて、家族連れの人たちで賑わっていました。同じようなことを水窪町でもやってもらえれば良いのではないかと思います。商工会でも、教育委員会でも、観光協会でも良いわけで、休日とか、特に説明して欲しいと言う時はボランティアの専門家に頼めばよいので、これならお金をかけず、子供の教育や、町を訪れた人々に対してのサービスができ町の活性化に、一番深いところから貢献できるのではないかと思います。

町の経済的活性化については、長野県の下條村では、自立の道を選ばれ、起債制限比率2.0%、実質公債費比率5.2%、生涯出生率は、直近の平成15年からの3カ年の数値では2.12人と言う所もあると、ブログサーフィンをしていて知りましたので一つの事例として明日ご紹介します。

とにかく英知を出して、農山村の維持を図らないと20年、30年先が非常に危険な状況になる可能性も有るとのことですから、今のうちから手を打っておいて欲しいと思います。以前お米不足となったとき、大慌てで、休耕田の再使用を検討しましたが、荒れきってしまったら開発に時間がかかると言うことと、農業後継者がいなくなってしまっていて、お米の作り方が忘れられてしまっているといった事態も予想されるのです。国家百年の計を考えるとはこう言うことも含めて考えることだと思いますがいかがなものでしょうか。

もったいない水窪町民族資料館、年輪が美しいのは・・・、龍淵寺観音霊水が飯田市HPで

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この水窪町民族資料館、どこの資料館でも同じですが、その地方の歴史を歴代の郷土研究者の方々が蓄積してきたあらゆる方面の資料が展示されていて見ごたえがあります。これらの中で、私が特に感心しましたのは、巨大と言って良い程の大きな木が輪切りにされていて、その説明文に「年輪の美しいのは樹木の悩みの記録だからである。逃げも隠れもできない原野に立ちつくす孤独の中からふ屈の魂が樹相を形作るからである」と言う一文が添えられていました。樹齢130年とのことですが、130年でこんなに大きくなるのかと思いましたが、水窪町は長野県に比べると暖かいのですね。これらも写真でお見せできるといいのですが残念です。

龍淵寺様の観音霊水が飯田市の運営する南信州ナビに掲載されました。
龍淵寺様ホームページよりご覧ください。NEWマークよりおは入りいただけます。

小畑ここでも尹良親王の足跡、浜松市に要望

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街のところどころに、地名の由来が記されており、ここでは昔、尹良親王が旗揚げをしたところとのこと。最初は御旗と言う名前だったとのことですが、恐れ多いと言うので、小畑と言うように変えたのだそうです。こんな地名があちらこちらにあるのですがこの後いくつかについて地図無しになりますがご紹介します。教育委員会の地図が使えれば、ぐっとわかりやすくなるのですが残念です。このところ納期が近づいた仕事がありまして、地図を自分で作っている時間が取れないのです。

なお、昨日、浜松市教育委員会にもっと手軽に資料を使わせてもらったり、歴史民族資料館の写真を撮らせてもらえれば水窪町のご紹介ができるので許認可業務の簡素化の要望をお願いしました。条例の改正が必要になるので、やってもらえるにしてもすぐには無理だと思いますので、今回のシリーズでには間に合わないと思いますが。長野県内の各市町村の場合は、担当さん係長さん課長さん次長さん等の判断でその場で認可してくれたので多分浜松市も同様に業務の簡素化を図ってくれると思います。それに細かいことまで本庁に判断を仰がないとことが進まないようでは、それこそ組織が肥大化して行く一方だと思います。

昨日、某大手車会社のディーラにお金の支払いに行って来たのですが、今までカードでの支払いができなくて額を聞いては銀行に行き引き出して支払っていたのです。とても厄介でカードを使えるように要望していたのですが、ようやく実現していました。やはり言ってみる価値はあったなと言う感じです。
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